おたがい触りたい話
あまったるいふたり。
(あ、)
(触りたいな)
と、ふと思うことがある。
ほんとに、理由も理屈も何もなく、
彼に触れたくなるのだ。
ふたりで遊ぶときは大抵どちらかの家に行く。
それで、勝手知ったる部屋でお互い勝手なことをして過ごす。
英士は大概なんだか難しそうな本を読んでいて、
俺はベッドに転がってゲームをしたり漫画を読んだり。
もちろん買い物に出かけたり、映画を観たりすることもあるけれど。
実はそんな(デートみたいな!)ことよりも、
こうやってなんにもなく過ごす方がすきなんだって、
英士は知っているのだろうか。
いつもはおしゃべりな俺が、ことばのない空間で
こうやって互いの存在だけを何となく感じて、
それだけでもう十分で声がでないくらいなんだって。
俺の、こんなに愛にあふれた、形容しがたい感情を。
(ねえねえ英士くん、しっているんですかね。)
英士のベッドに寝っ転がって、そんなことを考える。
持ってきた漫画はもう全部読んでしまって、
この部屋にはゲームも漫画もなくって、
することはもうなんにもない。
ふかふかとした眠気に半分くらい頭を突っ込みながら
どうしようもない幸福感に包まれていた。
少し空いた窓から、風が終わりかけの春の匂いを連れてきて、
英士が読んでいる小説の上をかさりと滑っていって。
風が気になったのか、英士がふ、と息を吐いた。
そこで俺は微睡み半分の頭で、あ、と思ったのだ。
(あ、)
(英士にさわりたい)
どうしてもどうしても触りたくて仕方なくて
寝惚けた俺にとってはとても大儀なことだったけれど
ずるりとベッドの上で方向転換して
ベッドにもたれかかって座っている読書中の英士に手をのばした。
「ん…結人?」
「んう」
相当集中してたのか、ちょっとびっくりした声。
普段なら他人の気配には敏感なくせに。
そんなに気を許しちゃってまあ
それってさ、俺だからかなあとか期待していいんデスか。
「どうしたの?」
「どーしたもこーしたもないですよ」
「何なのさ」
くすくすと笑って英士は本を閉じる。
それからよいしょ、とベッドに乗り上げて俺の隣。
折角だから、俺は寝っ転がったままもっと英士に触る。
相変わらず細いなあ、髪の毛サラサラ。羨ましいっつーの。
「なあに結人、寂しかったの?」
「ぜんぜん」
「てっきり寂しくて拗ねちゃったのかと思ったよ」
「ちがうっつの」
ばあか、鈍感な英士くんにはわかんないでしょうけど、
俺はすっごくしあわせだったの。
しあわせで仕方なくって、そしたらお前にさわりたくなったの。
「鈍感。」
「やっぱり拗ねてるじゃない」
「寂しかった訳じゃねーもん」
「はいはい、わかりました」
「わ、ちょ、英士」
突然手を引っぱられて、為す術もなく英紙の腕の中。
ぎゅうと抱きしめられて、鼓動が早くなる。
「俺は寂しかったよ」
「え?」
「ふたりでのんびり過ごすのも好きだけどね、」
(せっかくだもの)
(俺だってお前に触れたいよ、)
(結人から触ってくれるってことはさ)
(ね、構ってくれるんでしょう?)
そう耳元で囁いて頬にキスをひとつ、
あー、馬鹿、英士
ちょっとキザすぎるんじゃない?
くそ、なのにやっぱお前ってさ
格好いいのな、どうしてくれんの。
「…完敗、デス。」
「それはよかった。」
ねえ、英士
俺がこうやってお前に触りたいなあって思うみたいに
お前もふと俺に触れたくなることがあるのかな、
俺がお前がいるだけでしあわせになるみたいにさ
お前もしあわせになってくれたりすんのかな
理由とか理屈とか抜きでさ、
愛おしくてどうしようもなくなってくれたりすんのかな
こういう気持ちがさ、
触れたところから全部伝わればいいのにって。
そう思ったらたまらなくって、お前に触れたくなるんだ。
(あ、)
(触りたいな)
と、ふと思うことがある。
ほんとに、理由も理屈も何もなく、
彼に触れたくなるのだ。
そんな時、英士から俺に触れてくれることがある。
そこから伝わる体温は普段よりずっと熱くて
早くなった鼓動が聞こえてくる気がして、
ああ、愛されてる、って思って、幸せになるんだ。
映画も買い物も、特別な何かは何もいらなくて、
触れたい時に触れられる空間と距離だけが必要で。
それだけで俺は、幸せになれちゃうのです。
(だからずっと、この手の届く距離が)
(ふたりの当たり前でありますように)